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東京高等裁判所 昭和55年(行ケ)366号 判決

原告 北宝商事株式会社

被告 北国商事株式会社

主文

特許庁が昭和五三年審判第一六五六九号事件について昭和五五年一〇月二三日にした審決を取消す。

訴訟費用は、被告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

原告は、主文同旨の判決を求め、被告は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は、原告の負担とする。」との判決を求めた。

第二請求の原因

一  特許庁における手続の経緯

原告は、別紙(一)のとおり「どさん子大将」の文字を縦書きしてなり、指定商品を第三一類「調味料、香辛料、食用油脂、乳製品」とする商標(以下「本件商標」という。)につき、昭和四六年七月一〇日登録出願をし、昭和五〇年四月二四日商標登録第一一一七七六二号をもつて、設定登録を経た商標権者である。

被告は、昭和五三年一二月四日原告を被請求人として本件商標の登録無効審判を請求し、特許庁昭和五三年審判第一六五六九号事件として審理されたが、昭和五五年一〇月二三日本件商標の登録を無効とする旨の審決があり、右審決の謄本は同年一一月一二日原告に送達された。

二  審決の理由の要点

本件商標の構成、指定商品、出願及び登録関係は前項のとおりである。

これに対し、登録第八九三三二三号の一商標及び同号の二商標(これらは、指定商品を第三一類「調味料、香辛料、食用油脂、乳製品」として昭和四四年一月二八日登録出願され、昭和四六年三月二三日設定登録された登録第八九三三二三号商標権の分割に係る連合商標であつて、登録第八九三三二三号の一のものの指定商品は、前記指定商品から「味噌」を除外したものであり、同号の二のものの指定商品は、第三一類「味噌」である。以下この二つの登録商標を合わせて「引用商標」という。)は、いずれも別紙(二)のとおり「どさん子」の文字を横書きしてなるものである。

本件商標は、一般によく知られている道産子に通じる「どさん子」の語と「大将」の語を結合したものであり、全体として、「道産子の大将」、「北海道生れの人のかしら」等の意味を表したものであり、特定の人物等を指称する熟語とはいい難く、また、「大将」の部分は、「どさん子」の観念を極めて抽象的に限定したもので、「どさん子」に従属するものといえるから、「どさん子」の部分に比して疎薄な印象を与えるにとどまる。そうすると本願商標にあつては、看者の注意を強く惹くのは「どさん子」の部分というべきであるから、これに相応して、「ドサンコ」(道産子)の称呼、観念を生ずる場合が少なくない。

他方、引用商標は、その構成に応じて、「ドサンコ」(道産子)の称呼、観念を生ずることは明らかである。

そうすると、本件商標と引用商標とは、称呼、観念を共通にする類似の商標であり、本件商標の指定商品には、引用商標のそれと同一のものを包含しているから、本件商標は、商標法第四条第一項第一一号に違反して登録されたものであつて、同法第四六条第一項の規定により、その登録を無効とすべきである。

三  審決の取消事由

審決の認定判断には、以下に述べるような誤りがあるから、違法として取消されるべきである。

1  審決は、まず、本件商標を「どさん子」と「大将」とに分離して判断するについて、これを特定の人物等を指称する熟語ではない、とする。しかし、「どさん子大将」の語は、単なる「どさん子」とは全く別異の観念を生じさせるものであり、「どさん子」と「大将」の語が不可分一体に結合して特定の観念を生じさせる造語であつて、熟語であることは明らかである。これを分離して判断したこと自体、誤りというべきである。

2  次に、審決は、「大将」の文字部分は、「どさん子」(道産子)の観念を抽象的に限定したもので、「どさん子」に従属し、「どさん子」の部分に比して疎薄な印象を与えるから、本願商標において看者の注意を惹くのは、「どさん子」の部分である、とするが、この点も次に述べるとおり誤つている。

(一) 「どさん子」は、北海道生れのものをいい、「どさん子」なる商標や商号は、北海道に対する愛着の意を表現するもので、普遍的に使用されており、殊に本願商標の指定商品の分野を含む食品業界においては極めて広く使用されているものである。

(二) また、「大将」という言葉は、需要者の注意力を引きつける親しみのある言葉であり、「どさん子」の文字部分が右(一)の理由によりむしろ疎薄な印象を与えるのに対し、「大将」の文字部分の方が、かえつて取引者、需要者に強い印象を与え、「どさん子大将」といえば、北海道生れの土くさい身体のガツチリしたいかつい男を連想させるものである。

(三) 「大将」という文字部分が疎薄な印象を与えるものでないことは、次のような事例からも明らかである。すなわち、

(1) 本願商標の指定商品と類似する食品部門において、「おはなし」という商標が出願公告された後に、「お話し大将」という商標がこれとは非類似のものとして出願公告に付されており、同様の関係は、「ふぐ餠」、「ふぐの絵」と「フグ大将」、「いたずら」と「いたずら大将」、「海賊飴」と「海賊大将」、「かいぞくたいしよう」、「バーガー」と「バーガー大将」、「きみまんじゆう」と「きみ大将」、「笹」と「笹大将」、「わんぱく」と「わんぱく大将」、「ちびつこ」と「ちびつこ大将」、「かつぱ」と「かつぱ大将」の例にみられるのである。これらは、ある語句に「大将」の語が結合することにより、特定の観念が生じ、取引者、需要者間において両者の誤認混同が生じない非類似の商標とされていることの証左にほかならない。

(2) また、ある語句がそれだけでは商標登録ができないのに、これに「大将」の語が結合することにより、商標として出願公告されたものが多数ある。すなわち、「豆大将」、「おむすび大将」、「すきやき大将」、「すし大将」、「ラーメン大将」、「焼そば大将」、「網走大将」、「鯨大将」などである。これらは、「大将」の語に、何れかの語句が付加結合すれば、新しい一つの結合商標となり、顕著性が生ずることを示している。

3  以上のとおり、「大将」の語が「どさん子」と結合した場合に、審決のいうように、「どさん子」に従属し、「どさん子」に比して疎薄な印象を与えるものではなく、両者が一体不可分のものとして、一個の特定の観念を生ずるものであることは明らかであるから、本件商標の主要部は「どさん子」の文字部分にあるとして、これをもつて引用商標と類似の商標であるとした審決は、判断を誤つたものである。

第三被告の答弁

一  請求の原因一、二の事実は認める。

二  同三の主張は争う。原告の主張は、次に述べるとおりいずれも失当であり、審決に違法の点はない。

1  本件商標「どさん子大将」は、審決のいうとおり、特定の人物等を指称するものではなく、「北海道生れの人のかしら」等の意味を表わしたもので、「どさん子」(北海道生れの人)の観念を抽象的に限定したものであり、その構成からみて、「どさん子」の部分がより強い印象を与え、注意を惹起するものであるから、これが主要部であつて、「大将」は従的かつ疎薄な印象を与えるにすぎない。

2  原告は、「どさん子」なる商標等は普遍的に使用され、殊に、本願商標の指定商品の分野を含む食品業界においては極めて広く用いられ、「大将」の文字部分の方が力強い印象を与えるというが、これは原告の一方的独善的主張に過ぎない。

3  原告は、特定の語句からなる商標が出願公告された後に、右語句に「大将」の語が結合することにより非類似の商標として出願公告に付されているとの主張をする。しかし、原告の挙示する商標の指定商品は、いずれも商品区分が第三〇類に属するもので本件に適切でなく、しかもこれらは、出願公告に付されているだけで設定登録がされている証拠はない。また、原告は、それだけでは商標登録ができない語に、「大将」の語が結合することによつて出願公告されている商標が多数存在すると主張するが、これらの商標もその指定商品が第三二類に属するものであつて、本件商標のそれとは異なり、適切ではなく、しかも設定登録されているわけのものではない。

いずれにせよ本件商標である「どさん子大将」は、一つの熟語となつておらず、二つの語が一体不可分的に結合され特定の観念を生ずるものではなく、「どさん子」の部分がその主要部であつて、「大将」の部分は従属的で疎薄な印象を与えるものであるから、本件商標は、引用商標とは称呼、観念において共通する類似の商標であることは明らかである。

第四証拠関係〈省略〉

理由

一  請求の原因一、二の事実は、当事者間に争いがない。

二  そこで、原告主張の審決取消事由について検討する。

1  本件商標は、「どさん子」と「大将」との語(文字)が結合してなるものであり、「どさん子」の部分は、「道産子」に通じ、「北海道出身の人、北海道産の馬」の意味を表わす語として日常普通に用いられるところであつて、別段特異な用語ではなく、また、「大将」の部分も、「全軍又は一軍を指揮統卒するもの、一群の首長、かしら」などの意味を表わす語ないし他人を親しみ又はからかつて呼ぶ愛称として、これまた日常広く用いられる用語である。

2  ところで、このような二つの用語(文字部分)から構成される本件商標は、別紙(一)のとおり、「どさん子」の文字部分と「大将」の文字部分との間に、その書体の大きさや形態上に差異がなく、また、両者の間に特に間隔があるわけでもなく、本件商標を構成する六個の文字は、すべてほぼ同等の大きさ及び同一の書体で、かつ、各文字の間隔もほぼ同様に一連に結合してなるものであり、その称呼も、「ドサンコタイシヨウ」と九個の音からなるさほど長いものではない。

3  このように本件商標を構成する二つの語が共に日常普通に用いられるもので特異なものではなく、これを構成する文字も一連一体に結合し、その称呼もさほど長いものでないことなどを併せ考えると、本件商標においては「どさん子」の部分が主要部であり、「大将」の部分がこれに従属し、疎薄な印象を与えるものと解するのは相当でない。すなわち、元来本件商標のように、文字のみからなる商標にあつては、通常その文字に相応した称呼、観念を生ずるものであるから、たとえ、それが二つの語を結合してなるものであつても、これを構成する各文字が一様に連なり、その各語に対応する文字の大きさや形態に差異がない場合には、右二つの語のうちの一方が日常使用されない特異な語であるなどその語自体が特別顕著な印象を与えるとか、その称呼が全体として殊更冗長であるなど特段の事情がない限り、その商標は原則として一連に称呼され一体的に観念されるものと解するのが相当であつて、本件商標も、「どさん子大将」の文字に相応して、「ドサンコタイシヨウ」と一連に称呼され、またその観念は、前記「大将」の語の意味合いに徴し、いわゆる「道産子」の愛称として、単なる「どさん子」よりも格別の親愛の情を強く印象せしめる不可分一体の商標として看取されるべきもの、とみるのが相当である。本件商標が「どさん子」と「大将」の二語からなる結合商標であることから、そのうち「どさん子」の部分に着目して、単なる「どさん子」の称呼、観念をもつて認識する者が全くないとはいえないであろうが、それは、右認定の趣旨に照らし、極めて少数とみるべく、そのような可能性があるからといつて、本件商標を不可分一体に称呼観念すべきことを否定する根拠とすることは不当である。

なお、成立に争いのない甲第一一号証ないし第三八号証によると、原告が請求の原因三の2の(三)の(1)及び(2)に主張するような各商標(これらの商標の指定商品は、第三〇類ないし第三二類、旧第四三類、旧第四五類のもので、本件商標のそれと異なるが、食品に関するものである点ではすべて共通である。)が、それぞれ出願公告されていることが認められ、この事実からしても、「大将」という語が、ある語の後にこれと結合して一個の商標となる場合において、その語と比較して一般に疎薄な印象しか与えないようなものではないといえよう。

4  そうすると、本件商標中「大将」の部分が、「どさん子」の部分に従属し、「どさん子」の部分に比して疎薄な印象を与えるにとどまり、看者の注意を強く惹くのは「どさん子」の部分であるから、本件商標からは「ドサンコ」(道産子)の称呼、観念を生じ、本件商標と引用商標とは類似するとした審決の判断は誤つており、そのため本件商標の登録を無効とした審決は取消されるべきである。

三  よつて、本件審決の違法を理由にその取消を求める原告の本訴請求を正当として認容することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法第七条及び民事訴訟法第八九条の規定を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 石澤健 藤井俊彦 清野寛甫)

別紙(一)

(二)

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